授乳プレイの歴史について

授乳プレイの歴史イメージ

母乳フェティシズムの歴史は人類の発祥とともに始まったと考えられます。大げさな話ではなく、人類の歩みはそのまま母乳フェチの歩みといっても過言ではないでしょう。

古くは紀元前300年頃のイタリアでは早くも母乳フェチが市民権を得ていたらしく、エトルリア人の遺跡から成人男性が授乳される姿が描かれた銅鏡が発掘されています。

また、古代ローマ帝国時代に活躍したヴァレリウス・マキシムスなる作家が「ローマン・チャリティー(ローマの慈愛)」という著作に父親と娘による授乳プレイのエピソードを記しています。絶食による死刑を宣告されて投獄中の父親キモンを救うため、自らの母乳を与え続けた娘ぺローの逸話は後世の画家がこぞって母乳フェチの題材にしたとか。

「ギモンとペロー(ローマの慈愛)」

古代ローマは栄養状態が悪く、母乳が出ない女性が大勢いました。そのため、授乳可能な女性が共同で乳母を務める「コラムナ・ラクタリア」なるボランティア団体があったという記録が残されています。

面白いことにこのヨーロッパ社会が豊かになって以降もこの団体は存続し、成人男性を対象に商業的な授乳活動を行うようになりました。彼女たちはウエット・ナースと呼ばれ、産業革命以前までイギリスなどで盛んに活躍しました。

中世ヨーロッパではキリスト教の聖人・聖バーナードが「母乳の奇跡」を経験したという逸話が有名です。ある日、視覚障害に苦しむ聖バーナードが聖母マリア像に祈りを捧げているとマリアの左乳房から母乳が放たれ、それを浴びたバーナードの視力が回復したのだとか。ローマの慈愛同様、このエピソードも後に多くの画家が題材にしています。


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授乳プレイは避妊法としても利用されていた!?

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近年の例では1903年、ドイツの哲学者カール・バッテンステッドなる人物が結婚に関するガイドブックの中で夫婦間の避妊に授乳を用いる方法について語っています。

当時、授乳中の母親が一時的に生理がこなくなる泌乳性無月経(Lactational Amenorrhea Method=LAM)という現象に関心が寄せられてました。バッテンステッドはこれを避妊法として積極的に家族計画に生かすように推奨したのです。

この避妊法は「LAMルール」と呼ばれ、一時的に流行しました。ヨーロッパでは富裕層と貧困層を比較した場合、ウエット・ナースを雇用する富裕層(つまり、授乳の必要がない層)ほど妊娠率が高いことから、この説は医学的に正しいとされていました。しかし、ナチスは母乳フェチを危険思想とし、バッテンステッドの著作を禁書にしたという記録が残っています。

一方、アメリカ合衆国では、それより20年間ほどさかのぼる1929年製作のアダルトアニメ『エヴァレディ・ハートンの埋もれた財宝』に主人公が女性の乳房を搾って母乳を飲むシーンが登場しています。さすが自由の国というべきか、性に対するリベラルさが伺えます。

もちろん、東洋も負けてはいません。

古代インドの性典『カーマ・スートラ』には授乳されながら正常位や騎乗位でセックスをする男女の姿が描かれています。こうしたプレイは現代のエロ漫画などにも頻繁に登場し、人間の欲望が古来から変わらないことを痛感させてくれます。

日本では、浮世絵師の喜多川歌麿が「山姥と金太郎」をテーマとした作品群に一枚に、成長した金太郎が山姥に授乳されながらもう片方の乳首を指で摘んで弄んでいる姿を描いています。この絵は当時のエロ漫画に近いものだったと考えられているようです。

「山姥と金太郎(喜多川歌麿・作)」

現代の日本では母乳フェチは珍しいものではなく、性癖の一つとして市民権を得ていると言っていいでしょう、ある調査によれば、20歳以上になってから母乳を飲んだ経験がある人は約2割だったとか。日本人男性の実に5人に1人が母乳に関心を抱いているということが明らかになったそうです。

男性は皆「マザコン」だと言われますが、母乳に興味を持つのは変ことではなく、むしろ施錠なのかも知れません。母乳フェチを自認する皆さん、自信を持って母乳風俗ライフをエンジョイしようではありませんか!

参考:ウィキペディア(Wikipedia)|母乳フェティシズム

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